2017-05

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ホントゴメン!

ハナちゃんゴメン!お花買ってくるの忘れた!

120414.jpg
2007年2月3日撮影。

「ひどい・・・!!!」

いっやあ~ホントごめん、ホントにごめん!
昨日のね、あの、昨日まではカンペキに覚えてたんだよ、ホントに。
だってね、昨日いつも買いに行くお花屋さんの店員さんがパン買いに来てくれてさ、
「明日行きますので!あ、私は行けないんですけど、夫が行きますから~」って言ってさ、
ああっ!!!
てことは、お花屋さんとの約束も破っちゃったってこと?!
うわーサイアクじゃん、ワタシ、サイアクじゃん。

なんだかなあ~今日になったらすっかり忘れちゃってたのよ。
今日こそ覚えておかなきゃいけなかったのに。ホントにごめんね。
明日、明日必ず買ってくるから。ごめんねごめんね。
お花屋さんもゴメンナサイ・・・


昨日は、何かの弾みで、仕事中ハナのことを思い出してしまいました。
ハナが最期を迎えるまでの、その時のことを。

あの小さな体で、相当長い時間荒い呼吸を続けて、時に何かを訴えて、
痙攣を起こすとか、意識が朦朧としてしまうとか、そういうことはなく、
最後の最後まで意識がしっかりした中で、ハナは苦しんでいたんだなあと思うと、
あんなにも長い間、ハナに苦しい思いをさせて、私は何もしてあげられなかった、
ただ傍でその様子を見続けることしかできなかったと、
そのことがいたたまれなくて、自分の非力さを今更ながら痛感して、やりきれませんでした。

もちろんそれは結果論のひとつであるということは自覚した上で、
あそこまで苦しい思いをさせなければならないのだとしたら、
安楽死ということも私は否定できないなと考えていました。

あんなに苦しむ時間を与えてしまうのなら、
あんなに苦しんで死に向かうのだったら、
楽にしてあげるという選択だって、充分有り得ることだと、
あのハナの状態を見て、
「それでも動物は生きたいと思っているんだから安楽死なんて絶対ダメ」
と思うとしたら、それは完全に飼い主のエゴでしかないと、
今の私なら言い切れます。

ただ、もしあの時、私の手元に安楽死の手段が何かしらあったとしても、
きっと私はハナにそれを施すことはできなかったと思います。
そこまでの覚悟も、そして責任も、私は持てない、持つ勇気がない。
精神的に、まだまだ未熟なんだと思います。

なんてことを昨日は結構考えて、仕事中泣きそうになったりしんどくなりそうになったり。
おかげ様で昼過ぎまでずっと忙しくって、その気持ちに浸るヒマがなかったから、
気付いたらそのことは、もう頭の中から消えていました。

老衰で眠るように・・・という状況でなければ、
多かれ少なかれ、もっとこうしてあげれば良かったのではないかという思いは、
誰にでもあることだと思います。
私はハナのことでは、自分の出来る限りのことはやってきたという自覚があるので、
後悔のような感情はほぼ全くと言っていいほど持ってはいませんが、
あの最期の時間、あのハナの苦しみのことを思い返すと、
あれだけは、やっぱり何も出来なかった自分に不甲斐なさのようなものは感じるし、
ハナはどんなに苦しかったろうと、やりきれなさでいっぱいになります。

難しいね。

120414-1.jpg
2009年12月31日撮影。

ハーちゃん、明日は必ずお花買ってくるからね。


● COMMENT FORM ●

そりゃ~私だって安楽死は選択できないよな~
後から思えばそう言うの思うけど、その時は無理!
もしかしたら持ち直すかも!そんな事思うもの・・・

安楽死についての考え、私も最近よく同じようなことを考えていました。
最後の数時間、みいちゃんもとっても苦しそうでした。
今思い出しても辛くなります。
本当に、眠るように逝ってくれたならまったく違った考えをもつのでしょうが、私も、果たして無理してあんなに苦しい思いをさせる必要があったのかよく考えます。
K先生が「本当に愛しているなら(安楽死を)決断して下さい」とすごく強く勧めてきて、その時は鬼だと思いましたが、今思うと、みいちゃんのことを想って言ってくれたんだなぁって思います。
確かに寿命を全うさせてあげたいから、人間の選択で安楽死を選ぶのも勝手な気もするし、かと言って、嫌なお薬を無理やり飲ませたり、点滴打ったり、という選択もネコに意思があったらしないかもしれないし・・・。
その時には最善と思う方法を取ったけど、奥は深いです。
私も、この安楽死について記事にしようかと思っていたところです。

最近、お友だちのネコちゃんが亡くなりました。
21歳でした。
友人も、ネコちゃんが1週間、お薬もご飯も拒否して苦しそうだったので安楽死の選択を選びました。
きっと放っておいたらネコちゃんも頑張ったのだと思いますが、苦しむ時期を短くしてあげたのも一つの愛の形ですよね。
だから私は安楽死を選ぶ人の気持ちも今は分かります。
逆に、ネット上などで、管をつけられ、苦しそうに寝かされて、それでも無理やり生かされているわんちゃんの写真を見たときは本当に可哀相で、「楽にしてげて」と思ってしまいました・・・。

これからも私たちはそういうことがまだ起こるわけで・・・。
その時どういう選択をするのかは分かりませんが、その時の猫たちの状況を見て、一番いい選択をしていきたいですね。

ハナちゃん、明日きれいなお花見れるね^^

シバヤンへ

シバヤン
もしかして持ち直すかもと思っている時って、
どちらかというと、猫のことより自分の気持ちが優先になってたりするじゃないですか。
奇跡って、まず普通起こり得ないから奇跡なのであって、
そのもしかしての期待の向こうで、愛猫は苦しんでいると思うと、とても複雑です。
私は、場合によっては安楽死という選択も、全ての自己責任の上で取れる、背負える、
そういう飼い主に自分が育っていけたらいいなと思っています。

Megiさんへ

Megiさん
「確かに寿命を全うさせてあげたいから、人間の選択で安楽死を選ぶのも勝手な気もするし、かと言って、」
そうなんですよね、「かと言って、」なんですよね。
私の中にも、そのどっちの気持ちも当然あるんです。だから考える。
ただ、感情論のみで「安楽死はNO」というふうにはなりたくないなと思っています。
実際その道を選択できるかどうかというと、今現在の想像の範囲では
それを選ぶのはとても怖くて勇気がなくて、それだけの責任を負う覚悟は今はまだなくて、
だから結局小さなコたちに丸投げしてしまうような気はしているのですが、
例えば、相手が人間だったらどうかって考えると、多分、
もう少し安楽死を選択する心の幅が広がるような気がするんです。
その違いって、何なんだろうって思います。
もしかしたら国民的な価値観の違いもあるのかもしれないですけど、
Megiさんのいるところと日本とでは、安楽死に対する意識の持ち方は違うのだろうなと思います。
どっちが良い悪いっていう比較は決してできることではないと思うし、
Megiさんのおっしゃるとおり奥が深いし、感情の部分で難しいことだなと思います。
安楽死を選ぶのも、飼い主さんの優しさっていうのは、私も本当に分かります。
「ずっと一緒にいてほしい」という自分の都合だけでの延命は、絶対したくないです。
なんか、難しいですね。難しい。
難しいって思うのを、K先生とかは「どうして?!」って思うのかなあ。
ホント、自分の希望じゃなくて、猫の状況を見て、その時のベストを選んでいきたいですね。

花、用意しました!・・・2日遅れだけど・・・


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アキ(画像はハナ)

Author:アキ(画像はハナ)
2009年に腎不全の診断を受けた白茶のハナを中心に、日々楽しく過ごす幸せの時間をつづっています。
2011年5月14日、ハナは11年の生涯を終えて、次なる世界へと向かっていきました。
現在は、白黒トキとキジ白ユメ、2012年2月から家族になった茶トラのフクがメインです。

動物愛護法改正2012

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