2017-11

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時間の感覚

このブログの左側にある『月別アーカイブ』というのを何気なく見ていていました。
2009年10月から始まったこのブログ、2011年5月までは、
穏やかな時期も含めてハナの闘病記録なんだなあと、
思うと、涙が出てきました。
あの20行分のアーカイブ、履歴の中には、ハナの生活が詰まっている。
なんで、こんなに胸がしめつけられるんでしょうね。

昨日お店に、5匹の子ネコちゃんと暮らしているお客さんが来られました。

大阪出身のご主人は、さすがというか、お話の流れを作るのが上手くて、
道産子の奥様は、猫ちゃんの話をし始めた途端、なぜだか感極まって涙を流されていました。

その前日、白髪の少し大柄な男性がパンを買いに来てくれました。
そこで小さなノラ猫ちゃんを見つけたという話になり、
しかもその猫ちゃんの写真を携帯で撮影していて、それを見せてもらった私は
「頑張って生きていくんだよ・・・」
そしたら、その男性は、
「今は娘のところにいるんだよ」
その娘さんというのが、この奥様なのでした。

そういう話があったからなのか、奥様はお話の間中ずっと涙を流されていました。
分かるような分からないような、よく分からないけど、優しい涙なんでしょうね。

5匹の子ネコちゃんはみんな保護された子たちで、全員仲良く暮らしているそうです。
やっぱりこのご夫婦も、「うちのコ」たちを携帯の中に収めていました。
猫と一緒に暮らす人は、やっぱりみんなそうなんだなあと、嬉しくもありおかしくもあり。

話をしていくうちに、うちのコの話になって、その中でハナの話にもなって、
その時ハナがいくつだったのかを聞かれて11才だったと答えると
「ああ、それならもう長生きしてねえ・・・」

そうじゃない。
そんなんじゃないんですよ。

でも仕方ないんです。
このご夫婦は、今ちびっこ猫たちと暮らしていて、ご主人曰く
「うちはまだ猫とのお別れを経験したことがないので、そうなったらきっと立ち直れないです」

「いいんです、今はそんなこと考えなくていいんです。
 いつかそういう時期がきたら、その時はその時でそれに対応するよう自然になるんで、
 今はもうちっちゃくて元気でわいわいしてるコたちと、わ~っていうのでいいんですよ。
 先のことなんて考えなくてもいいんです」

そう。
6ヶ月だろうが、3才だろうが、11才だろうが20才だろうが、
『今』そこにいる猫ちゃんたちを見て、『今』を満喫していれば、それでいいんですよ。

ただ、ただね、
多分これは経験すれば感じることなんじゃないかとも思うのだけど、
10才以上生きたから充分長生きしたとか、そういうのは、チガウです。

私の初代愛猫モモは、3才で病気で亡くなりました。
ヒデにとっての初代愛猫ハナは、11才で病気で亡くなりました。
ハナは11才まで生きたんだから、長生きしたよね、
そう思ったことなんて、これっぽっちもない。
モモとハナの命の長さを比較したことなんて、これまで1度もないし、
そうじゃないんですよ、そういうことじゃないんですよ。
一緒に生きていくってことは。

私、年齢で命の重さを計られるのは、本当に嫌なんです。

飼い主が言うならまだいい。
「うちのコは15才まで生きたから」「18才まで生きたのよ」

お客さんともそういう話になることはあって、そういう時、私は必ずこう答えます。
「わあ、うらやましい!うちはまだ11才だから、15才とか本当に憧れます」
「18才!すごい!大往生だったんでしょうね・・・いいなあ」

本当にそう思うからそう言うんだけど、でもそれ以上に
お客さんとそのコと過ごした十数年が充分だったかどうかなんて、私には分からないし、
「充分」なんて言葉、他人の私が言えるはずもないです。
私だってハナと、もっと一緒にいたかった。

私は多分、他の人より、愛猫に「長生きしてほしい」という感覚はない方だと思います。
何でかっていうと、にゃーたちが「長生きしたい」と思っていると思わないから。
どこかで、「長生きしてほしい」と思うのが、私の勝手だと思う気持ちがあるのです。
もしにゃーが「長生きしてえ!」と思っているなら「長生きしろよ!」って思うけど。

猫には『今』しかないから、その『今』を一緒に過ごせること、
それが私にとっては多分全てなんです。
だから、何才までとか、あと何年はとか、そういう風には考えないのです。

でも、やっぱりまだまだ一緒の時間を過ごしたかった、とは思います。
もっともっと、一緒にいたかったって。

でもね、どんどん衰弱して苦しんでいる姿を見ていると、
自分の寂しさを埋めるために「もっと」とはどうしても言えないんですよ。
私は、言えなかったです。
「長生きしようね、長生きしてね、頑張って」
そういう風には、言えなかった。思えなかった。
「ハナが決めていいからね、好きにしていいんだよ」
そうとしか、言えなかったです。

最近、少し考えます。

私がもっとハナの生きる力を信じてあげていれば、何かが変わったのかな、って。
でもよく分かんない。分からないです。

はあ。
久しぶりに記事書きながらいっぱい泣いた。
泣くもんだから、それまでずっとお膝で甘えていたトキが、膝から降りちゃいました。
トキもユメも、もちろんハナも、私が泣いたりするとすかさず距離をおきます。
決してモモみたいにそばに来て慰めてくれません。

いーんだも~ん。
みんな好きにすれば~?
私も勝手に泣くからさ~。
ふーんだ。

111024.jpg

ふーんだ。

(2008年2月4日撮影)


● COMMENT FORM ●

あ~3にゃんが団子で・・・

そだな~何歳生きたって人間が思うだけなんだろうね。
確かに猫が私は15歳までは生きたいとかは考えてないだろうし、
歳取って行くって言う感覚も有るかどうか・・・
生物と向き合うって難しい。

私もボギーが弱って寝たきりになった時、
もっと生きて欲しいって気持ちと、もう良いよ、無理しないでって気持ちと。
ボギーはどう思ったんだろうか?
やはり本能は生きたいって思ったんだろうか・・・・

シバヤンへ

シバヤン
猫には、過去とか未来とかの時間の感覚は全くない、って何かで読んだことあります。
だから猫が「あの頃は良かった・・・」と過去に思いを馳せたり(笑)
「もっと明るい未来が待っているはず!」と未来に希望を見出そうとすることもないって。
だからこそ、『今』っていう時間がいかに心地良いものであるかがポイントなんだろうなと
私はそう考えるようになっています。
ただね、それは猫目線風な考えで、やっぱりこちらの気持ちとしては
できるだけ長く一緒にいたい、ずっとみんなで一緒に居たいと思うのは常でして、
そのへんのお互いのバランスをとりながら、家族で暮らせていけたらなと思います。
本能で生きる人生を長らく意識していないので^^;
なんか本能ってなんなのか、それすら正直よく分からないんですよね・・・
いつか、ボギちゃんにそのへん聞いてみたいですね、あの時どうだったん?って。。。


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プロフィール

アキ(画像はハナ)

Author:アキ(画像はハナ)
2009年に腎不全の診断を受けた白茶のハナを中心に、日々楽しく過ごす幸せの時間をつづっています。
2011年5月14日、ハナは11年の生涯を終えて、次なる世界へと向かっていきました。
現在は、白黒トキとキジ白ユメ、2012年2月から家族になった茶トラのフクがメインです。

動物愛護法改正2012

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