2017-07

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ピコちん

シバヤンちのピコちんのことをこのブログに書いたのが、1月5日。
今日、ピコちんが旅立ったと、シバヤンから。

20130217_311109.jpg

ピコちん、13才。

1月後半のシバヤンのブログに、少し腫瘍が小さくなったピコちんのことがありました。
10日ほど前のシバヤンの記事には、少し食欲の落ちたピコちんのことがありました。
その3日前の、ピコちんのことを書いた記事のタイトルは、『今日も元気』でした。
今日、シバヤンがくれたコメントには、「昨夜まで元気だったのに」とありました。

本当にびっくりしました。
あまりにも突然で・・・


でも、突然と思うのは私たちが素人だからで、
多分、かかりつけの獣医さんには分かっていたことなんだろうなとも思いました。

ハナが旅立った日、その日私は、
「今日は大丈夫だろう」と思って、朝、仕事に出ました。
今日はまだ大丈夫だろうと私は思ったのですが、ハナはその日旅立ちました。
そう思ったことを、後日、獣医さんに話すと、
「もういつそうなってもおかしくない状態だったんですよ」
と教えてくれました。
そうか、見る人が見れば、そうだったのか・・・

ピコちんのかかりつけ獣医さんも、10日ほど前の通院の際、
覚悟はしておいてくださいというようなことを、シバヤンに話したそうです。
多分獣医さんには、分かっていたんだと思う。
幾つかある可能性の中で、そうなる可能性も低くはないだろうということを。

でも、その後、ピコちんは遊んだりしていたし、
だから私も、今、まさかという気持ちを隠すことが出来ないでいます。

20130217_311111.jpg
ピコちんと、シバヤンのお友達作イラストのピコちん。

今私は、泣きそうなのを堪えているのですが、
それが、
ピコちんとお別れしたシバヤンの寂しさを思ってなのか、
ピコちんのお別れからハナとお別れした時のことを思い出してなのか、
どういうものなのかがごちゃっとしていて、
だから、泣きそうなのを堪えています。

にゃんこやわんこと暮らしている以上、
彼らをこうして見送るのは、飼い主の最低限の役目のひとつと常々思っていますが、
やっぱり、いろいろ、しんどいですね・・・

きっとみんなそうだと思うけど、
これからは、シバヤンとピコちんは、
これまでと違ったより深い関係を、シバヤンの中で熟成させていくんだと思います。
命は有限だけど、
精神は、その精神の宿る肉体がそこにある限りは、永遠なんでしょうね。
だから、ピコちんも、ハナも、先に旅立ったみんなも、
ずっと生きていられるんだと思います。
私たちが忘れない限り。
忘れないし。

ピコちん、自由にお過ごしね。
シバヤン、また画像を無断転載しちゃいました、事後報告でゴメンナサイ。

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生死と向き合う

私はこういう性格だから、
感じたり思ったことを、言葉で表現せずにはいられないところのある性格だから、
だから、ちょっとだけ悩んだけど、やっぱり書こうと思います。

もう10年以上のお付き合いになる、シバヤン。
ここにもいつも気さくにコメントをくれる、猫が大好きな、犬も大好きな、
そんなシバヤンちのピコちゃんが病気だと、今日のシバヤンのブログに書いてありました。
去年の秋、悪性の腫瘍が見つかって、アチコチに転移していて、
治療をしなければ、年越しも無理だろうという状態だったそうです。
先月から、週に1度、抗がん剤投与で動物病院に通っているとのことでした。
ピコちん、13才。

私が1番辛かったのは、シバヤンがとても悩んで苦しんでいるだろうということでした。
私も、ハナの時に相当悩んだし辛かったしいっぱい泣いたし苦しかったけど、
シバヤンは私よりもずっとずっと純粋に猫を愛しているので、
その辛さはどれほどかと思うと、私もやりきれない気持ちでいっぱいです。

願わくば、シバヤンが後悔しない時間を、今、過ごして欲しいと思います。

どうすれば後悔しないのか、それは人それぞれの価値観にかかってくるので、
そして恐らく私の価値観とシバヤンの価値観は違うので、
それは私がとやかく言うことではないし、
そこはシバヤンがいろいろ決めていくところですが、
猫の気持ちは絶対人には分からないから、それならば、
人が後悔しないように物事を決めていくのが、私はベストだと思っています。
というか、それしかないような気もしています。

ブログでシバヤンは「なんでピコが・・・・」と言っていました。

私も、なんでハナが、と思った時期がありました。
トキユメと同じゴハンを食べて同じ環境で暮らしていながら、何でハナが・・・と。
でも、そう思うことに意味はないことにもすぐ気付きました。

毎日高カロリーのものを浴びるように食べていたからとか、
毎日タバコを20箱吸っていたからとか、
病気によってはその原因がかなり特定できる場合もあるでしょうが、
でもきっと特定できないことの方が多くて、
だから、それならもう、受け入れるしかないんです。辛くても。
受け入れて、じゃあどうしたら少しでも楽にいられるかに全力を注ぐ、
私は、それを基準にハナと付き合ってきたつもりです。

「いや、どんなに苦しくても痛くても、15才までは絶対生きる!」

ってハナが言ってくれれば、そこを基準にすることもできたでしょうが、本人の望みだから、
ハナはしんどいのをジッと我慢しているだけだったし、
じゃあ何を望んでいるのかな~となんとなく猫の立場に立ったつもりで考えた時に、
多分、「長生きしたい」という欲は、猫にはないだろうなと思ったのです。
「今」痛くなければいい、とか、「今」しんどいのがなくなればいい、とか、
「今」ゆっくりしていられればいい、とか、「今」心地良ければいい、とか・・・
今が穏やかであることが、多分1番なんだろうな、と。

そのために、お互いしんどかったけど、
腎臓の負担を減らすために、点滴に通ったり、お薬頑張って飲んだり。
病院に行くのも、お薬ムリクリ飲ませられるのも、ハナは本当に嫌だったと思うけど、
でもそれすれば少しでも楽になるからと、そこは、私のわがまま通させてもらいました。
薬や点滴は、私がハナにそうしてもらいたかったから。完全に私のわがままです。
でもきっと、ちょっとは楽になってたと思うよ、ハーちゃん。

「安楽死も考えなくてはだめかな・・・
 今まで考えた事ってほとんどないけど、こんな難しい事を判断できるの?」

シバヤンは、こうも言っていました。

私は、そこまで飼い主としての責任を持つことができなかったので、
ハナにその選択をすることはありませんでした。
「ハナが決めていいんだよ」と、結局はハナに丸投げしていました。
私には、その決断をする勇気は持てませんでした。

最期の時、ハナは相当長い時間、非常に苦しい呼吸を体全体でしていました。
本当に本当に苦しかったと思います。想像できない苦しさだったと思います。
あんなに苦しい思いをさせるなら・・・
でも、やっぱり、私にはその選択はできなかったと、今でも思います。
ハナの命を預かっている責任を持ち切れなかった、これに尽きます。

私は、安楽死という選択はありだと思っています。
ただ私は、それを選べるだけの成熟した意識と精神はまだ持てていません。
だけど、安楽死は決して非情なものではないということだけは分かっています。
むしろ、自ら愛する家族の最後を決断するという計り知れない出来事を背負う、
その覚悟と勇気を支える大きな愛情を感じます。
私は、そこまで強くなれなかったけど。

何よりも、本当に何よりも、
ピコちんと過ごす今の時間を、大切にしてほしいと願っています。
みんなみんな、出会った瞬間お別れに向かって進んでいっているわけですが、
それがいつのことか分からない以上、
とにかく、今一緒にいる時間を、何よりも感じてほしいと願っています。

ピコちんが今を穏やかでいられるよう、
シバヤンが後悔することのない選択をしていけるよう、
願っています。

シバヤン、がんばれ!


収容ねこF8

気持ちが大きく動いている時にそれを文章にするより、
少し落ち着いてから、考えを整理した方が良いとは分かっているのですが、
もうそんなに時間がないかもしれない、そんな気がして仕方ないから、
何を書きたいのか分からないまま、記事を残そうと思います。

フクを引き受けに行った、札幌市の動物管理センター、
そこの迷子ねこ保護収容情報に、とてもショックな画像が掲載されていました。

迷子ねこ保護収容情報

ここに掲載されている、収容ねこF8、茶トラのオス。

苦しそうな表情で横たわり、腕には包帯が巻かれ点滴の針が刺されています。
信じられないほどに痩せこけていて、とにかく、苦しそうなのです。
相当苦しいんだと思います。

17日に保護されて、18日にセンターに収容され、
24日までがセンターでの収容期限となっています。

いつ撮影された写真か私は知らないし、収容されてから今日で3日経っていて、
それで今も情報が載っているということは、なんとか頑張っているのだろうと思うのだけど、
私の正直な感想で、このコはそんなに長くない気がしています。
猫があんなに苦しそうな顔をするのは、本当にもうどうにもならない時だと
私は自分の経験からそう認識しているので。

もし、24日まで命をつなげられたとして、
その翌日からこのコは譲渡対象に果たしてなれるのだろうか、
そうも思います。

悲しいことに、このコも首輪がついた状態で収容されました。
首輪をつけたのは、このコじゃなくてどこかの誰か、人間です。
その人、今どこで何やってるんだろう。
あなたが首輪をつけたコが、今ココでこんなに苦しんでいますよ。
死の瀬戸際に立たされていますよ。

その人が今目の前にいたら、胸ぐら掴んで振り回して殴ってやりたい。
とか思います。
でも殴らない。私の手が痛くなるだけだから。

首輪をつけた時点で、そのコの命の行方をその手に握ったことになるわけで、
誰だか分からないけどその人がこのコに選んだ命の行方がこれかよ、と、
思えば怒りが湧いてきて、やっぱり殴りたくなる。
でもきっとそういう人は、このコのこの姿を見ても、
めんどくさいなあぐらいにしか思わないんだろうな。
ああ、やっぱり殴ってやりたい、手が痛くなってもいいから。

ここまで書いて、でも私はやっぱり、自分が何でこの記事を書いているのか理解していなくて、
自分が何をしたいのかどうしたいのかサッパリ分からないのだけど、
首輪をつけたヒトに対する怒りをぶちまけたいわけでもなく、
思想的なことや感情的なことを言いたいというわけでも実はなく、
でもなんだか、なんでだか分からないけど、
このコのことを記事に書かなければいけないような気がしたのです。
書かなければいけないというか、そういう感覚はないけど、書きたかったのか。

だからどうこうということではなくて、これが現実なんですよ。

私には、このコを救ってあげることはできない。

何のためにこれを書いたのか、本当に分からない。


生きる命

今月9日の記事で紹介した、香さんちのクウちゃん。

120109.jpg

左側のくるくるおめめがクウちゃんです。これは2年前の写真。
腎不全で闘病中だった8才のクウちゃんが、今日、息を引き取りました。

香さんから届いたメールには、
今日までのクウちゃんの様子と、香さんの今のやりきれない思いが綴られていました。
近くにいれば、すぐにでも駆けつけたいところですが、
もどかしいです。


同じ日、明日にも生命を絶たれる運命の中にいるコ達に出会ってしまいました。



・・・・・・・・・・・・・・・

1月25日、水曜日殺処分予定の犬猫の
新しい飼い主さん、保護主さん、緊急募集です。
詳しくはこちらをご覧下さい。

ココニャン一家の縁結び
http://satooya-bosyu.seesaa.net/

marico's family
http://marico247.exblog.jp/

・・・・・・・・・・・・・・・


関東地方で、明日殺処分される予定のコたちです。
こんなにたくさん・・・
あと数時間後には、この写真のコたちはこの世にいなくなります。
収容されたコたちの致死方法は、確かガスによる窒息死だったと思います。
決して安楽死ではありません。
安楽死ではないんです。

以前そのことを知った時、
私はその事実に向き合うだけの強い気持ちが持てなくて、
だからそれは心の片隅にしまっておいて、
今目の前にいるウチのコたち、当時はハナもいたので、この3匹の猫達を、
最後までしっかり面倒みていこうと改めて誓ったのを覚えています。

収容された理由の多くに、『飼育放棄』という言葉が並んでいました。

飼えないなら、育てられないなら、最初から飼うなよ。
犬や猫は、動くぬいぐるみじゃないんだよ。

どういう理由でかは知りませんが、どういう理由であれ、
飼育を放棄してセンターに収容するという1番楽な道を選んだ人間には、
この先とんでもない苦しみが待ち受けていればいいと心から思います。
これでも抑えた方。
本当は、もっとひどい言葉を並べたいぐらい。
それぐらい、私はそういう人を許せないです。

香さんとクウちゃんのように、
何とか元気になってほしい、少しでも良くなってほしいと、
自分のしたいことも我慢して、そのコを思って頑張って、
でも抗えなかった運命に、今絶望の淵に立たされている人もいれば、
自分の都合で、自分の身勝手で、それだけで、
いとも簡単に本来なら家族であるはずの動物を、生きている命を、棄てる人間もいる。

なんだろうこれは。
なんなんだこれは。

ちゃんと見ていないので分からないけど、恐らく記事タイトルの様子から、
1週間前にも、またその1週間前にも殺処分が行われていて、
その度に、終わるにはあまりにも早い尊い生命が絶たれているのだと思います。
その前も、そのずっとずっと前までさかのぼっても、
そして、来週も、再来週も、その先もずっと、
きっと、同じことが日本中で行われるのだと思います。

殺処分について、もっと大々的に報道されればいいのに。
これだけ、小さな動物がペットとして家族として人と暮らすようになっている今、
楽しいことだけじゃなくて、こうした現実にも、もっと注目してほしい。
センターに連れてこられたコ達の行く末を、
そのコ達に最後の瞬間を与えなければならない職員の人たちの思いを、
たくさんの映像や写真で、もっともっと取り上げればいいのにって思う。

こうして書いているだけで、
何もしないで書いているだけなのに、
すごく重くて苦しいです。
でも、命を預かるってそういうことでしょ?
決して軽くて楽なものではないでしょ?
飼育放棄する人って、何を考えているんだろう。
そんな人たち、私からすれば頭がおかしい。

最近、私にできることはなんだろうと、考えることがあります。
私が責任持ってできることはなんだろうと。
その線引きについて。
線引きなんて必要なんだろうか、ということについても。

かわいい。かわいそう。
そんな感情だけで、命を預かることはできないです。

かわいい、またはかわいそう。
だけど、そのコを最後までお世話できる確信は持てない。
だったら、どんなにかわいくても、逆にかわいそうでも、
そのコの命のラインに自分は立つべきではない。
私は、そういうスタンスでいます。

その上で、今私にできることはなんだろう、
責任持ってやれることはなんだろう、
考えます。


心の沈む夜です。


今日は、このブログでよくコメントを下さっている
お友達の香さんちのにゃんこちゃんたちを紹介したいと思います。

120109.jpg
クウちゃん(8才♂)とウッチュン(5才♂)。

120109-1.jpg
ユエちゃん(もうすぐ2才♀)とモモちゃん(10才♀)

120109-2.jpg
リリちゃん(6才♀)

120109-3.jpg
香さんの実家の、手前からチビ太くん(4才♂)、シロさん(13才♀)、ミオンくん(5才♂)

は~・・・
こうして見てると、私の人生に関わってきたにゃーたちとはみんな毛色が違って、
にゃんこも十人十色なんだなあと改めて思います。

私の初代愛猫モモ(♂3才で他界)は白黒鉢割れにゃんで、トキも白黒鉢割れで、
だから私の中では、白黒鉢割れ猫ってもはすごく納得できる猫なのですが、
猫らしい猫のこれまた代表格茶トラとは、今まで1度も一緒に暮らしたことがないから、
茶トラのにゃんこを見ると「あ~猫だ~」っていう気持ちになります。
すっごく伝わりにくい表現ですよね。でも伝わるかな?伝わらないか。

それと同じで、ユメはキジトラ&白で、ハナトキユメみんな必ず白があったから、
白い部分がない、全部キジトラとか全部茶トラとかだと、なんか不思議な気分になります。
「白いとこナイよ?!」みたいな。
それと同じで、ハナは白に茶ブチだったから、
白だけのにゃんこを見ると、何かが足りないような気持ちになります。
「アレ?全部白いよ?!」みたいな。
ホント面白い。

香さんと知り合うことができたのは、奇しくもハナが腎不全であったことがきっかけでした。
1枚目に登場したクウちゃん、クウちゃんも今、腎不全で闘病中なのです。

頂いた写真は2年前のまだ元気な頃とのことですが、
今は大分体重も減ってしまっているそうです。
一時期は食欲が落ち、香さんもとても心を痛めていましたが、
ここのところはゴハンもちゃんと食べてくれているようで、私もとても嬉しいです。
クウちゃん、エライエライ!いいコだね。

本当は、病気じゃなくて知り合うことができれば良かったのですが、
ハナとクウちゃんが病気じゃなかったら、香さんと出会う確率はずっと減っていただろうし、
そう思うと、病気には感謝なんて絶対できないけれど、絶対しないけど、
ハナとクウちゃんが結んでくれたこの縁には、とても感謝しています。
切ないからこそ、大切にしたいです。

本当に、ハナにはいろんなことを教えてもらいました。

ひとことで腎不全といっても、
そのコそのコによって現れる症状も違えば対応の仕方も変わってくるし、
獣医さんによっても対処の仕方が違ってくるし、
その中でもただひとつ共通していることがあって、
それは、何があっても飼い主に全ての決定権があるということで、
命を預かる重みというものを、身に沁みて感じさせられています。
先月旅立った、Megiさんちのみいちゃんと、Megiさんの関わりや心の動きを見せてもらっても、
そのことを強く強く感じました。

ただ、いつもいつも、その重みや責任を感じながら過ごす必要はないと思っています。
それはとてもしんどいことだから。
今、目の前にいるコが元気で問題なく過ごしているのなら、
ただただその幸せを享受して、のんびりと癒されているのがいいと思います。
ケンカしたり、粗相したり、あれこれ食べてゲーしたり、時間を問わず大声で歌ったり、
キーボードの上に飛び乗るなと何度言っても飛び乗ったり、
あれやこれや、時にはいろんな困った問題もあるでしょう。
そんな時も、その困った状況を困りながら存分に味わうのがいいと思います。
困った状況を、無理して良いことと思う必要もないと思います。
まぢ困ることも、まぢ嬉しいことも、全部アリ。全部満喫。

責任は、命の前に立たされた時、嫌でも考えなければならなくなります。
本当に辛いし、しんどいし、苦しいし、悲しいです。
私は今でも、当時の事を思い出そうとしなくても、
こうして書いているだけで、心が覚えているみたいで、勝手に涙が出てきます。
だから、考える必要のない時はそんなこと考えなくていい。

まだハナも元気な頃、私は
「このコたちは必ず私より先に旅立つんだからね、忘れないようにね」
と、例えばトキを赤ちゃんだっこしてラブラブしてる時にさえ
自分に言い聞かせて心の準備のようなことをすることがよくありました。
でも、ハナを見送ったあと、そういうことを全く考えなくなりました。

きっとこの先も、事ある毎に、いろんな気付きがあるのだと思います。
気付かせてくれるのは、ハナ。
ハナが頑張ってくれたことが、私の気付きへと繋がっています。
ハナへの感謝は尽きません。
でもやっぱりちょっと悔しいけれど。

猫には、昨日とか明日とかっていう時間の概念はないらしいので、
だったらやっぱり今を1番楽しむのがいいのじゃないかと。
笑って泣いて、怒って褒めて、ギューしてチューして嫌がられて。
今一緒にいられることが、何よりの幸せだから。

だよね、ハナ。

香さんちのにゃんこたち、みんないいコで過ごすんだよ~。


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プロフィール

アキ(画像はハナ)

Author:アキ(画像はハナ)
2009年に腎不全の診断を受けた白茶のハナを中心に、日々楽しく過ごす幸せの時間をつづっています。
2011年5月14日、ハナは11年の生涯を終えて、次なる世界へと向かっていきました。
現在は、白黒トキとキジ白ユメ、2012年2月から家族になった茶トラのフクがメインです。

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